Scarletの妄想:Revisited

思い返せば、今年2020年の4月に突然、新曲"Living in a Ghost Town"をリリース、同じ頃、"Stay at Home Concert"に参加したりとその頃はこんなに長く続くとは、正直な話、思わなかった、いやむしろ思いたくなかったコロナ禍の世の中においても話題を提供してくれたThe Rolling Stones、そのあとに来たのが「山羊の頭のスープ2020年エディション」だった。

 

数あるカタログの中で、一枚ずつデラックス版として未発表曲やLiveのアーカイヴを集めて、オリジナル盤をミックスし直してリリースするという企画、今回がこの「山羊の頭のスープ」と言うわけだ。すでに持っているから買わないよ、と言いながら、やはり買ってしまうというファンやマニアさらにはコレクター諸氏の物欲・所有欲、アンチ断捨離に訴えた古典的だが有効なマーケティング手法である。

 

アルバム自体は1973年にオリジナルが発売されたタイミングに合わせて9月4日に発売されたが、以下の記事にあるように7月に入ると9日に"Criss Cross"が発表され、長年ブートレグで親しんできたナンバーが正式に発表されたことに興奮と、また同時にそれとは裏腹なお節介気分も味わいつつ、やっぱストーンズはこの手のサウンドがサイコーじゃないかとうつつを抜かしていると、今度はどんな熟練のストーンズ・マニアであっても、かつて一度も耳にしたことがない「あの」未発表曲"Scarlet"がオフィシャル・リリースされるという驚きのニュースが発表された。

 

ジミー・ペイジとの共演という一般的なクラシック・ロック・ファンならそれだけで十分話題になるネタであっても、ストーンズ・マニアはそうは行かない。世界中のストーンズ・マニアは沸き立った。インターナショナル・ファンクラブの"It's Only Rock'n'roll(通称"IORR")において、あっというまにスレが立ち、ページを重ねていった。ネットの時代だから、僕も、「待ってました!」とばかり検索しまくった。

 

リリースのたしか一日前だかに、どこかのファンがいたずらで"Scarlet"という曲をYouTubeに上げていた。はやる気持ちを抑えてクリックしたら、なんだ、これは!?という代物だった。そして、ついに日の目を見た。BBC Radio2が世界に先駆けて放送したらしい、とか、興奮するニュースがネットを駆け巡った。そしてベロマークシンボルを掲げたPVに続き、思わせぶりなScotchのオープンリール・テープをあしらったPV、さらにシングル・エディットも発表され、とどめはポール・メスカルを起用したプロモーション・ヴィデオがリリースされた。同時にミックがポールとヴィデオ・チャットをしたりとアルバムリリースの1ヶ月前に興奮はすでにピークに達した。

 

・・・それから半年。あの騒ぎはどこに行ったのだろうと思えるような日々。改めて、2020年版を聴いてみる。ビートルズのリイシュー・プロジェクトの重要人物であるGiles Martinがミックスを手がけ、丁寧な仕上がりとなったサウンドを噛み締める。楽器のリアル感が沁みる。ビートルズを育てたSir George Martinの息子がライヴァルだったバンドを担当すると言う観点からも感動したりする。

 

ふと、アルバム・ジャケットのクレジットに目をやる。ミックスをやり直したのにプロデューサーとしてJimmy Millerの名があるのはイマイチおかしな気分だ。エンジニアとしてクレジットされているAndy Johnsも、もうこの世にいない。それにリミックスという言葉がない。Gilesのツイッターでは彼自身は「リミックスした」とツイートしているのに、どこまでも"New Stereo Mix"だ。リミックスとどこか違うのだろうか。それともリミックスというだけでオリジナルを尊重するマニアから攻撃されるかもしれないからそれを避けるための戦法なのか。

 

さらに詳細に見ていくと、ある人物がクレジットから消えていることに気が付いた。オリジナル・アルバムのアシスタント・エンジニアとしてリストされているDoug Bennettだ。下の写真、左が2020、右が1973オリジナルだ。"Assistant Engineers"のところをよく見て頂きたい。

うっかりミスなのか、なんらかの意図があったのか、まるで日本の政府みたいな現象じゃないか。むしろストーンズらしく黒く塗ってあったらよかったかも(笑)。いや、これは笑えないジョークだ。なぜ、Dougが消されてしまったのか。Dougはそんな風にぞんざいに扱われるような人物なのだろうか?そもそも「Dougって誰だ?」と調べてみると、彼はオリンピック・スタジオの全盛期のエンジニアのひとりで、この「山羊の頭のスープ」以外では、ドクター・フィールグッド「不正療法」、ストラングラーズ「VI」「ノー・モア・ヒーローズ」をはじめ、バズコックス、999、イアン・ハンターなどを手掛けていて、なかでもストラングラーズで名を成した人物なのだ。そんな人物を消してしまうなんていったいどうなっているのだろう。

 

そんな疑問も湧いてきた2020年晩秋だが、夏の「Scarlet騒動」を思い出しながら、「Scarletの妄想」をお楽しみください。


Scarletの妄想

1973年発表の「山羊の頭のスープ」のデラックス・エディションが発売されるという噂はちょっと前からあったけど、2020年7月9日、ストーンズの公式メーリングリストからお知らせが来て、開けてみたらこのフライヤーがあった。

 

このフライヤーに書いてあることをくまなく読んでみると、右下に

 

And to drink...

SCARLET O'HARA COCKTAIL,

APPARENTLY A FAVORITE WITH JIMMY PAGE

 

とあるではないか。「スカーレット・オハラ・カクテル、ジミー・ペイジ入りで明らかにお気に入り」。

 

長年のマニアなら「もしかして・・・」と思うに違いないこの「スカーレット・オハラ・カクテル」、74年にキース、スチュそしてジミー・ペイジで録音され、"It's Only Rock'n'roll"からのセカンド・シングル"Ain't Too Proud Beg"のB面にカップリングされると言う情報があったものの、結局、お蔵入りになり、その後、どのブートレグにも、その片鱗さえ収録されなかったまさに「真の未発表曲」として捜し求められていた"Scarlet"なのではないか?!

 

そして7月22日、それはそのとおり、その"Scarlet"として、姿を現したのである。そして、その”Scarlet"とは、どのようなものであったのだろうか?!

 

事前情報として、ジミー・ペイジが「ディランの"Blonde On Blonde"に入っててもおかしくないような曲でさ、キースが重ねたレゲエ・ギターがカッコいいんだ・・・」的な発言をしているのが入ってきた。1974年というと、"It's Only Rock'n'roll"が発売になった年で、この曲はそのアルバムのセッションのあとに録音されたことになっているが、それでもあのちょっとカントリーぽいようなフォーキーな、季節で言えば秋みたいなイメージを勝手に持っていたものだから、冒頭のキレのいいリズム・ギターを聴いたときはちょっと面食らってしまった。そしてそれに続く、ミックのシャウト・・・。曲が始まって45秒ほどして、ブレイクがあり、そして"♪Scarlet~~"と始まってやっと、「お、この感じなら"Blonde On Blonde"かも・・・と思い始めるのだった。一方、「キースのレゲエ・ギター」は2分30秒あたりから小さく奥で「ン、チャコ、ン、チャコ」と鳴っているのが確認できる程度ではないか。そしてなによりも意外だったのは「これ、ミックじゃん、歌ってんの!」というそれまで"Scarlet"に対して抱いていた幻想があっさり打ち砕かれたこともあってか、45年たって、その姿を目の当たりにし、遂に聴けたという興奮以上に「いったいこれはどういうことなんだ?!」という疑惑の念がむくむくと湧いてきたのである。

 

その謎を解き明かしていくために、まずは史実から始めよう。こういうときに一番参考になるのが"The Rolling Stones Database by Nico Zentgraf"である。しかし、その前にそういう便利なものがなかった45年前、僕とこの曲との出会いに遡ってみよう。

THE GREAT HISTORY OF THE ROLLING STONESの場合

僕がこの曲の存在を知ったのはこのキングレコードから出た"The Great History of THE ROLLING STONES"という5枚組ボックスセットの豪華ブックレットだ。これがリリースされたのは1975年、購入したのもおそらくその頃だったと思う。大学に入ったのが74年、すでにストーンズに染まり始めていた僕は片っ端からLPを買い始めたのだが、バイトをしていても予算は限られていて、安くて目に付いたものを買っていた。ちなみに初めてのストーンズLPは同じくキングから出ていた1,200円くらいのベスト盤だった。ジャケにメンバーのモノクロ写真と手書きの宝石の絵があしらってあるいわゆる「オールディーズもの」であった。そんな時にこの5枚組ボックスセットを買えたのは近所の街のレコード屋のクーポンだかが手に入ったので、ほとんどただ同然で手に入れたんだったとうっすら記憶している。そうでもなければ買えるはずがない。そして、このブックレットにあった年表には、

 

「1974年11月 タイトル・ナンバー"It's Only Rock'n'roll"に続いて、新作"It's Only Rock'n'roll"からカットされたシングル・レコード"Ain't Too Proud To Beg/Scarlet"(RS-19302)が発売される。B面の"Scarlet"はアルバムにも入っていない未発表曲で、秋の初めに、アイルランドのベイジング・ストリート・スタジオでキースがジミー・ペイジやロン・ウッド、リック・グレッチらとレコーディングしたもの。

 

・・・とある。ほう、そうなのか、と思って"Ain't Too Proud To Beg"のシングルを見てみると、B面には"Dance Little Sister"がカップリングされていた。おいおい、"Scarlet"はどうなっちまったんだい・・・と思い、もしかしたら日本盤はそうでも海外盤は違うのかもしれない、と思って調べてみたが、どこにも"Scarlet"の姿はなかった。

 

いつまでたってもリリースされないので、同じくジミー・ペイジがギターを弾いていると言われる"Though The Lonely Night"が実は"Scarlet"なんじゃないのか、とかいろんな可能性だの噂だのがマニアの間で語られるようになったが、冒頭に書いたようにこの曲は、まったくどこにも収録されないまま45年経ってしまったというわけである。

Rolling Stones Databaseの記述

では、この曲が録音された経緯をNicoのデータベースで見ていこう(http://www.nzentgraf.de/books/tcw/works1.htm)

 

録音は1974年10月4日にリッチモンドにあるロニーの住まいThe Wickの地下にあるスタジオで始まった。メンバーは

・Keith Richards

・Jimmy Page

・Ian Stewart

・Ric Grech

・Bruce Rowland

・・・キースがヴォーカルとギター、ジミー・ペイジがギター、スチュがピアノ、リックがベース、ブルースがドラムとされている。

 

その翌日5日、場所はベイジング・ストリートのアイランド・スタジオに移り、ジミーのギター・オーバーダブと8チャンネルから16へのテープトランスファーが行われ、それが"Master Copy"となった(前述のキングの5枚組みボックスの「アイルランドの・・・」は「アイランド」の間違いだったと言うことがわかる)。

 

そのあとテープはキースがスイスへ持って行き、詰めようとした模様だが、いつしか忘れ去られ、今年(2020年)になって、ミックがそれを「完成」させ、正式リリースに至ったというのがおおまかな流れである。ところがこのそれぞれのポイントにはいろいろと不明瞭なところがある。それを指摘すると同時に解明して行きたいと思う。

Rolling Stone誌(Web版7月22日付け)での証言

まず最初のセッションだが、それが行われたのはどこなのか、というところからチェックして行こう。なぜなら、当事者であるキースはこう言っている。7月22日付けのWEB版"Rolling Stone"から引用する(https://www.rollingstone.com/music/music-news/the-rolling-stones-jimmy-page-scarlet-1032144/)。

 

“My recollection is we walked in at the end of a Zeppelin session,” Richards says in a statement. “They were just leaving, and we were booked in next and I believe that Jimmy decided to stay. We weren’t actually cutting it as a track; it was basically for a demo, a demonstration, you know, just to get the feel of it, but it came out well, with a lineup like that, you know, we better use it.‘”

 

・俺たちがスタジオに入っていくと、ちょうどZeppelinがリハを終えて引き上げるところで、ジミー・ペイジは帰らずに残った。

・俺たちはそれをレコードにするつもりはなく、デモのつもりで録音した。

・どんな具合かフィーリングを掴むためにやったんだが、出来がよかったので「これは使ったほうがいい」と言う気になった。

 

・・・と言っているのだ。これはロニーの地下室ではなく、どこかのリハスタ、おそらくアイランドスタジオのことだと思われる。なぜ、ジミー・ペイジは居残ってキースたちとセッションする気になったのかはわからない。しかし、セッションは「フィーリングを掴むためのものだったが、意外によかった」ようだ。ここで"we"は誰なんだろう。ストーンズか、そうではないのか。ストーンズだったとしたらドラマーはチャーリーだろう。

 

一方同じ記事にジミー・ペイジの発言も載っている。しかし、それはすでに1975年3月13日号でインタビューに答えている内容だ。

 

I did what could possibly be the next Stones B side. It was Rick Grech, Keith and me doing a number called “Scarlet.” I can’t remember the drummer. It sounded very similar in style and mood to those Blonde on Blonde tracks. It was great, really good. We stayed up all night and went down to Island Studios where Keith put some reggae guitars over one section. I just put some solos on it, but it was eight in the morning of the next day before I did that.

 

・ストーンズの次のシングルのB面の候補曲をやった。"Scarlet"という曲でメンバーはリック、キース、そして俺。ドラマーは忘れた。

・ディランの"Blonde On Blonde"に入ってる曲に似たスタイルとムードがあって、サイコーなんだよ、マジ。

・夜通しセッションして、そのあとアイランドに行った。そこでキースがレゲエ・ギターを入れた

・俺もソロを被せたが、そのときすでに翌日の朝8時になっていた。

 

どうやら「スタジオ」でいきなり始めたのではなく、どこかでやった後でスタジオに向かったらしい。となると、キースの発言は間違っているのだろうか?では、もしキースの言う「スタジオ」がロニーの家の地下室の「スタジオ」だったら話は合うではないか?そう思って、当時のZeppelinのスタジオワークを調べてみたが、ストーンズのデータベースのように詳細なものは見つからなかったが、かなり詳しいこのサイトには

 

OCTOBER (or) NOVEMBER 1974 - OLYMPIC SOUND STUDIOS, BARNES, LONDON, ENGLAND (NONE)
Overdubing and mixing tracks for Physical Graffiti.

http://www.argenteumastrum.com/studio_vaults.htm

 

とあった。どうやらThe Wickではないようだ。また、ほかの記事ではジミーの発言として、「セッションに誘われて、出掛けてみたらキースがいた」というようなのもあるからいわゆるスタジオであとから入ってきたキースたちに合流した、というのは違うのではないだろうか。キースの思い込みはどこから来ているのだろう?そしてジミーは、その後のことを、こう続けている。

 

He took the tapes to Switzerland and someone found out about them. Keith told people that it was a track from my album.

 

・キースはテープをスイスに持っていった。誰かに見つかったが、「ジミー・ペイジのソロアルバム用だ」と告げた。

 

ここからジミーのソロ・アルバムの噂が立つが、それはキース流のジョークだったようだ。

 

もうひとり、「当事者」と思われるミックはこの曲の生い立ちについて語っている。同じく7月22日の"Rolling Stone"だ。

 

“I remember first jamming this with Jimmy and Keith in Ronnie’s basement studio,” Mick Jagger says in a statement. “It was a great session.”

 

・覚えているのは一番最初は、ジミーとキースとでロニーん家の地下室で始まった。素晴らしいセッションだった。

 

「素晴らしいセッション」とは言っているが、「俺もそこにいて一緒にやった」とは言ってない。あくまで「ジミーとキース」がやったと言っているのだ。どうもこの件に関して、ミックの発言は第3者的な発言が気になる。後述するがこれを書き始めた時点(2020年8月8日)での最新PVに出演したPaul Mescalとのビデオチャットで「そもそもストーンズのレコードじゃなかったんだぜ(笑)」という発言までしているのだから。

 

これらから辻褄を合わせてみると、わかるのはせいぜい

 

・始まりはロニーのThe Wickの地下室。ジミーとキース、リックは確実。

 

・・・といったくらいで、ドラマーはBruce Rowlandなんだろうが、それはいったい誰の証言なのか。Bruceはフェアポート・コンヴェンションのドラマーだったが、72-3年にRon Wood とRonnie Laneの"Mahoney's Last Stand"セッションでは、リックと組んでリズム隊を務めているそういう関係なのだ。ドラマーについて、ミックはBBCのZoeの番組(後述)で「ジンジャー・ベイカーだったかもな、と思っていたがジミーはいや違うと言ってた。彼の記憶力はすごい正確なんだ。全部覚えている」と発言している。ほら、やっぱり怪しい、ミック(笑)。

 

しかし、それでもなぜ、このメンバーなのか?というのは疑問のままだ。ジミーをなぜ誘ったのか?なぜ、リックとブルースはThe Wickにいたのか。そもそもThe Wickの持ち主、ロニーはなぜ登場しないのか?もっともこれについては調べてみると10月4日はミュンヘン、6日はニュールンベルクでFacesのツアー中だったから不在だったわけだ(これでまたしてもキング5枚組は間違っていたことがわかる)。

※October 4, 1974 Kongress-Saal im Deutschen Museum, Munich, W. GER October 6, 1974 Messehalle, Nuremberg, W. GER

(https://concerts.fandom.com/wiki/Rod_Stewart_Concerts_1970s)

The Wick時点での完成度は?

この曲それ自体にもわからないところがある。キースは「これはデモ用で感触を掴むため」と言っているが、何のデモだったのだろうか?ストーンズのための?その目的のためにジミーを呼ぶだろうか?ジミーはBBCの電話インタビューで「何もないところから作った感じ」と言っているが、何もないところからその夜に歌詞まで入れた録音が出来るとは思えない。ミックの声に隠れてしまっているが、キースはかなりはっきり歌っている。やはりこれはスタジオセッションに持ち込む前に曲タイトルと骨格、歌詞はかなり出来上がっていたのではないだろうか?となると、歌入れはどこで?と言う疑問が湧いてくる。この疑問はこの曲の最大の疑問である「ミックのヴォーカルはどの時点で成されたのか?」ということに繋がってくる。

※ストーンズ・データベースの運営者Nicoも情報のアップデイトに忙しいらしく、キースの歌入れは1974年11月23日スイスはベルンのSinus Studioで歌いれなどのオーバーダビングが行われたようだと言う情報が追加された。

 

ここでLyrics PVで出てくるScotchテープの箱にある"SCARLET"とタイトルされたチャンネルのシートを見てみよう。16用意されているが、入っているのは1と2がドラム、3がBD、つまりベースドラムか?そして4がベース、5がギターとなっている。これはどういうことだろう。このテープの箱はアイランドのものだからここの記載はアイランド後とも思えるが、これでは16にトランスファーした意味がない。となるとこの記載はThe Wickで録音された状態についてのものと思われる。しかし、そうだとするとThe Wickでのキースとジミーのギターは同じチャンネルに録音されたのだろうか?ヴォーカルはどこに行ったんだ?さらに、ここで「あっ!」と声を上げた人もいると思うが、「(定説になっている)スチュがいない」のである。しかしこの箱にはもう一曲、"Stu + Jimmy + Keef"と書かれたものが入っている。もしかしたらスチュはこの"Long!"なトラックのほうにしか入っていないのではないのか?

先ほど、なぜジミー・ペイジが誘われたのか、という疑問を呈したが、答えはおそらく、「ジミーの娘さんがScarletと言う名前だったから」というあたりではないか?このScarletについて何かの記事で「(最近はZeppelin嫌いで知られる)キース・リチャーズが・・・」みたいな記述があって笑ってしまったが、ここで深入りするつもりはないが、ことジミー・ペイジとストーンズとは60年代からの付き合いだったことは知られている。また、これも先に書いたが、"Though The Lonely Nights"にもジミー・ペイジが参加していたと言う噂もある。その曲は"Ain't Too Proud To Beg"に先行したアルバムからのファースト・シングルのB面だ。おっ、ちょっと待て!かなりうがった見方ではあるが、もしかしたらシングルのB面は連続してジミー・ペイジにゲスト出演を依頼したかったのではないか?

歌詞から感じる疑念

ここで実際の歌詞をみてみるとこうなっている。これはエンディングに向かってのミックのシャウト(ほぼ最初の部分の繰り返し)は含まれていない。これをみると、(A)の部分だけ浮いているように感じる。(B)ではScarletに弄ばれて心はズタズタ・・・それでも離れられない男の心情が歌われており、(C)ではScarletが自分の元を離れ、遠くに行ってしまったが、俺が会いに行ったらもう泣かないでくれよ・・・という(B)で翻弄されながらも慕い続けるブルージーな感情が描かれている。しかし、(A)はどうだろう。いきなり「キミには興奮させられる。ちょっと口数が多いけど。街角に立つなんてしない。めっちゃ好きだぜ!」と言う具合に(B)や(C)でのヒモっぽいのに根は真面目な男の感じがまるでない。アルバム・ヴァージョンではカットされているエンディングにむかっての(A)の繰り返しによるミックのシャウトと合わせて考えるとこの部分は今年になってミックが付け加えたものではないだろうか?(A)だけキースの声が入っていないというのと、(A)の長さが45秒ほどであり、この部分を除けばScotchテープに記載されている3分05秒にほぼ一致するではないかというのがその根拠である。

 

(A)

Baby you excite me
But you talk too much
Won't stand on a corner
Love you more oh yeah
(B)
Scarlet why you wearing my heart on your sleeve
Where it ain't supposed to be
Scarlet why you keep tearing my heart to all pieces
It ain't the way it's supposed to be
Scarlet why are you keeping my heart to yourself
It ain't the way it's supposed to be
Scarlet
Scarlet
(C)
You don't have to change your mind
And leave this neighborhood far behind
Honey you don't have to cry no more
When I come knocking right at your front door

Scarlet
Scarlet

Scarlet why you wearing my heart on your sleeve
Where it ain't supposed to be

Scarlet
Scarlet
Scarlet

Just for the Recordでのキースの証言

ここで思い出したことがあって、過去の友人とのやり取りを掘り出してみた。これはひょっとすると、ひょっとするかもしれない(超・昭和!笑)。曲が収録されてないDVDボックス"Stones just for the record"というのがある。かなりのマニアでも持ってないか持っていても見ないような「持ってることでマニア度を高めるのに役立つ」種類のブツがある。これのボーナス・ディスク(Disc 6)にキースとのインタビューが入っていて、そこでScarletについて質問してるのがあった。

 

74年頃、インタビューアーはフランス訛りで、字幕がないのではっきり分からない部分もあるのだが、ジミー・ペイジと録音したScarletについて気に入ってるかと聞かれ、キースは「ミックが書いたんだ。何か録音したいなぁと思ってやったんだが、ジミーとは何年もやってなかったのでセッションは楽しかった。そのまま使うことはしなかったよ。ほかの人たちとやったバージョンもある。いい曲だから使いたいとは思ってるけどね」みたいな内容の受け答えをしているのだ!

 

さぁ、ここから何がわかる??まず、"Scarlet"は「ミックが書いた」ということ。74年の録音時のパーソネルにミックが浮かび上がってこないところから、「書いたのはキース」と勝手に思い込んではいなかったか?そこで思い当たるのが、今回の一連のPVについているクレジットに"Mick Jagger [Composer Lyricist]"とあることだ。そう、少なくとも作詞はミックであるのは間違いないだろう。

次にわかるのは「ジミー・ペイジとのセッションは久しぶりだった」ということだ。先に"It's Only Rock'n'roll"からのセカンドシングルもB面はジミー参加で決めたかったかもしれないと書いたが、どうなんだ?"Through The Lonely Nights"こそは「山羊の頭のスープ」用にジャマイカで録音された一曲なのだが、ジミーがジャマイカに付いていったのはありえないから参加していたとしても73年になってからギターのオーバーダビングをしたと思われる。だとしたら「久しぶり」というだろうか?この頃のキースは1週間単位で寝たり起きたりしていたと言われたころではなかったか?だとしたら1年前など昨日みたいなものではないか。ここからも"Though The Lonely Nights"にはジミーは参加していない、すなわち、B面曲に連続してジミーを起用、などという小ざかしいマーケティングなどはなかったと言っていいだろう。NicoのDatabaseにもジミーの参加はないものとなっている。

 

次に「ほかの人たちとやったバージョン」があるらしい、ということだ。ほかの人たちって誰だろう?この映像を観ると、キースは眠たいのかキメているのかわからないが、つぶやくように喋っており、聞き取りはかなり困難だということを踏まえると、「ほかの人たちも入ってやった」という意味かもしれない。あるいは文字通り、ジミー・ペイジ・セッションのほかに行ったセッションがあるのではないか?そしてもしかしてそこでは元々ミックがキースとヴォーカルを分け合っているバージョンが存在するのではないだろうか?こう考えると、少なくとも(B)と(C)部分のミックは「74年ミック」かも知れないというのと合点が行くではないか。「"Scarlet"がキースとスチュとジミーで録音された」ということ自体が思い込みの発端だという可能性も否定できないのではないだろうか。だが、やりそれも無理があるように思える。

 

なお、この"Just for the Record"はまだAmazonほかで入手可能なようだ。DISC 6: 日本盤のみのボーナスDVD(ニュース番組やレコーディング風景などの貴重な映像を多数収録)となっており、本編は対訳本があるのに、Disc 6にはあいにくそれが付いていいない。

リリース情報の経緯

さて、ここで"Scarlet"を含む一連のリリースの経緯を整理してみよう。

 

「山羊の頭のスープ(Goats Head Soup)」のリイシューがアナウンスされたのはおそらくこの記事だろう。今年の2月6日のことである。

 

Keith Richards Finally Quit Smoking Ahead Of New Rolling Stones U.S. Tour

https://www.iheart.com/content/2020-02-06-keith-richards-finally-quit-smoking-ahead-of-new-rolling-stones-us-tour/

 

「USツアーを前にして、とうとうキースが禁煙」というタイトルで、メインは惜しくも中止になってしまった去年から続く"No Filter Tour"と「あのキースがアルコールについで、今度はタバコもか!?」という、かつては"elegantly wasted"だとか「一番先に死ぬだろうロック・スター」だとか言われ、文字通り退廃とデカダンスの権化として多くの妄想的信者を生み出したキースもすっかり健康志向となったか、まぁ、長生きしていつまでもストーンズ・ミュージックを届けて欲しいというファンとしても歓迎すべき内容のものだが、そこに混じってミックが「"Goats Head Soup"のリイシューのまとめに入っている」という発言があった。

 

オリジナルが発売されたのは1973年8月31日だから今年はその47周年という中途半端な年ではある。オリジナル・アルバムで言えば前回は"Sticky Fingers"で、2015年のことだった。順番は入れ替わっているが、すでに"Exile On Main Street"はリシューされているので、これで1973年までが出たことになる。

 

2月の時点では、体裁やボーナス・トラック(ボーナス・ディスク)についてはまったく情報がなかったが、次に情報がアップデイトされたと思われる記事があった。いや、このミックの発言は最初からあって、先の記事では単に端折られたとも考えられる。だって、メインはキースの禁煙だし・・・(笑)。それはこういう記事だ。2月10日付けである。

 

The Rolling Stones: New Album and Making Stew Out of Soup

https://www.annarbors107one.com/2020/02/10/the-rolling-stones-new-album-and-making-stew-out-of-soup/

 

"...And we got a reissue of Goats Head Soup with a couple of extra tracks. So I’m trying to finish off those extra tracks that were done at the time"

「何曲かのボーナストラック付きのリイシューとなるよ。当時録音されたヤツを完成させようとしているんだ」と言うことだが、原文では"We"ではなく"I'm trying..."と「俺が」というのが気になる。同じ記事にキースの発言もあり、こう言っている。

 

"...But we have some interesting tracks in the can and we’re kicking them along. Seeing how it goes. But, I think at the moment the main focus is on the road. Got to get the road going"

「いくつか面白いナンバーも入ってる。いまあれこれやっているから、どうなるかなぁ。それより、いま集中すべきはツアーだよ」と言っているようにリイシュー作業はミックにお任せ、ともとれる発言だ。

 

そして7月になると8日に"Criss Cross"という2文字がネット配信され、続いて9日、マニアの間では"Criss Cross Man"としてよく知られるナンバーがボーナストラック第一弾としてリリースされた。このナンバーは"Goats Head Soup"のセッションで録音されたものである。

 

The Rolling Stones drop bluesy new song 'Criss Cross'

https://rock101.com/news/7157295/the-rolling-stones-criss-cross-goats-head-soup-reissue/

 

”Criss Cross"はブートなどで聴いていたおなじみのものだったから、いくつかのテイク違いがあることはわかっても、そんなに突っ込んで聴かなかったため、この記事をちゃんと読み込んではいなかったのだろう。今改めて読むと書いてあるではないか!(苦笑)

 

As well as a track called All the Rage, the Stones will release an unheard cut called Scarlet, which features former Led Zeppelin guitarist Jimmy Page.  Scarlet also happens to be the name of Page’s first child, Scarlet Page, who was born in 1971. Whether the song was written about her, however, is unclear.

 

そしてこの後はこの記事の冒頭、オフィシャルサイトからのニュースレターを見て大騒ぎしたことに繋がる。

リリース・バージョン

世界初のリリースは7月22日(英国時間)、このBBC Radio2の"The Zoe Ball Breakfast Show"だ。期間限定かもしれないが、まだストリーミングできるのではないか。

https://www.bbc.co.uk/programmes/m000l1hv

 

番組が始まって約2時間過ぎた頃、"Start Me Up"に続き、ミックが登場、Zoeと会話する。ここでのミックはやたらハイで、それにつられてそもそも興奮気味だったキャスターのZoe Ball嬢も舞い上がっている。ここでミックは笑いながら「ジミー・ペイジはとにかくよく覚えている。彼の記憶力はすごい」に終始していると言っても過言ではなく、"Scarlet"セッションについて詳細は語っていない。

 

そして、ミックとの会話のあとワールド・プレミアで"Scarlet"がオンエアされる。この時、このバージョンがすぐ後にストーンズ公式チャネルから発表されたものとはかなり違っていたものだなんて知る由もなかった。

 

そしてジミー・ペイジが案外甲高い声で自慢の記憶力を発揮する。内容はすでに上述した内容だが、「最近ミックが連絡してきて、あの曲を完成させたって言うんだよ。いやぁ、聴いてぶっ飛んだね。素晴らしい!」と言う部分が気になる。これはNo Filter Tour関連の記事になった「俺が」やってる、を裏付けていると感じる。つまり、今年の春先に、ミックが中心になって"Scarlet"を完成させたと推論できる。

このUnbox videoで一瞬聴けるのが、本当の意味では最初のリリースであるとも言えるが・・・。


リリース順は、①BBCでオンエア⇒②ベロ・マークPV(アルバム・バージョン)⇒③Lyrics video(アルバムバージョン)⇒④Single Mix(エンディングに向かってミックのシャウトが入る)⇒Paul Mescal主演のPV(サウンドトラックはBBCバージョン)、となっている。BBCバージョンは"Radio edit"と呼ばれていたがPaul Mescal出演のPVに使われたことでもはやその呼び名はないだろう。このBBCバージョンはSingle Mixで入っているミックのシャウトに加え、曲が始まって最初の"♪Scarlet~~"が始まる直前のジャーンというブレイクが2回(アルバム、シングルは4回)、"♪You don't have to change your mind~"直前のブレイクもアルバム/シングルより短い。曲が始まってすぐ、ドラムがハイハットのカウントで始まるのとドラムのキック(いわゆるバスドラ)やベース・ギターも大きくミックスされており、こっちの方がむしろSingle Mixにふさわしいとさえ思う。ここで気づくのはワールドプレミアされたのがこのMixだったということだ。もっとも早くまとまったのがこのバージョンなのではないか。そしてそれはすでに二日酔い様のPaul Mescalに曲にあわせてバカみたいなアクションを取らせることをもすでに決まっていたため、冗長な4回ブレイクや曲の構成を避けてアレンジされたのではないだろうか。そう考えると次に引用した二つのビデオでのミックが同じ時の撮影だったことも合点が行く。

 

ところで、これらのミックスに共通して、一箇所、上述の(C)で"♪When I come knocking right at your front door~"の歌い出しだけキースの声が大きいのは何を意味しているのだろう?

このふたつのビデオを観ると、ミックの部分は同じタイミングで撮影されたと言うことがわかる。


uDiscovermusicでのジミー・ペイジの証言(7月22日付け)

 この記事も7月22日のリリースに合わせ、出されたものだが、改めて読んでみると、意外な発見があった。

 

“It was said they were continuing the following night at Island Number 2 Studios in London,” continues Page. “I said I’d go and play some guitar soloing on it. I arrived early on that evening and got to do it straight away within a few takes. It sounded good to me and I left them to it. Mick made contact with me recently and I got to hear the finished version. It sounded great and really solid.”⠀

 

・彼らは(The Wickのセッションの)翌日、アイランド・スタジオNo.2で作業を続けると言うので、俺も出掛けた。

 ※ロンドンには複数のアイランド・スタジオがあり、このNo.2と言うのがベイジング・ストリートにあったものだろう。

・早く着いたからソロを被せていたんだが、2,3のテイクでうまく行ったのであとは任せた。

・最近ミックが連絡してきて、完成版を聞かせてくれたが、マジ、よかったぜ。

 

「全部覚えているはずの」ジミーのこの発言はなんだ?4日にThe Wickでセッションしてそのままアイランドでオーバーダビングをしてたら朝の8時になったんじゃなかったのか?5日にまた改めてアイランドで集合したのか?これを是とするとキースが言う「Zeppelinセッションと入れ替わりでスタジオに入ったが、ジミーだけ居残って一緒にやった」に近くなるのだが。そしてこの「彼ら」がストーンズだったらこの時ミックが歌入れをしたという解釈が成り立つようでもあるが、ならなぜ、チャーリーやビルがいない(ビルはしょっちゅういなかったが)のか。この発言がかなりあいまいだと言うのを抜きにしても、「彼ら」はストーンズではないと思う。そうすると「いつミックが歌入れをしたのだろう?」という疑問にまたしても戻ってきてしまうのだ。

さて、結論は?

いよいよ、この"Scarlet"をめぐる冒険、いや、探偵ごっこもまとめるとしよう。

 

ずばり、現時点で、僕の結論はざっくり言うと、「1974年のテイクを2020年にミックが編集し、頭40秒とエンディングに向かってのシャウトを付け加えた」というものだ。

 

"Scarlet"のもとの姿は最初のコーラスである"♪Scarlet~"から始まっていたのではないか?いや、いきなりではなく、もしかしたらイントロのカッティングギターが2回あって、ドラムが入って、(もしかしてジャーンがあって)コーラスに行ったのかも知れない。ジミー・ペイジをして「"Blonde on Blonde"に入っていてもおかしくない」と言わしめたのはこのコーラスだと思うからだ。では、"Blonde on Blonde"のどの曲か?と問われたら"Sooner or Later (One of Us Must Know)"あたりではないかと想像する。このコーラス以前をミックが巧みにくっつけたのではないかと思う理由はそこは誰も歌っていなかったと思われるからで、誰も歌ってないパートを40秒も続けるだろうか?というところからだ。

 

一方、エンディングのシャウトはほぼ2020年ミックで間違いないだろう。

 

Baby, you excite me!の「メェーイ」の張り上げ方

Girl, love your touch!の「タッチィ・・・」の唸り方

Scarlet!Scarlet!の2番目の「スカーレイ、アハナハナハナ・・・の「気張るのに急にふにゃふにゃになることろ」)

 

これらは近年のミックにみられることこそあれ、74年頃のミックにはない歌い方だと思う。

 

では(B)と(C)部分のミックはどうだろう?ここの結論を出す前にひとつ追加でこんな情報がNicoのサイトにあるのをご存知だろうか?

Os Rolling Stones No Brasilとは?

Nicoのデータベースを見ていた僕は1976年1月10日にこんな情報があることに気づく。ミックがリオデジャネイロで"Scarlet"という曲をブラジルのミュージシャンと録音しているのだ。

 

調べていくと、ここでのミュージシャンはブラジルではお馴染みの人たちであるようで、その顛末はこの""という本の65ページに詳しく書いてあるらしい。これは"Stones Planet Brazil"というブラジルのストーンス・ファンによるサイトのようだが、ここに書いてあった。ポルトガル語なのでGoogle翻訳を駆使しながら内容を紐解いた。

https://stonesplanetbrazil.com/a-relacao-da-cancao-scarlet-com-o-brasil/

 

そして、興味深いのはこの本の著者であるNelio Rodrigues氏は2006年2月にストーンズがリオデジャネイロ公演を行った際にもインタビューされており、こんな発言がBBC NEWSの記事に出でているではないか。

 

The Stones' Love Affair With Brazil

http://news.bbc.co.uk/2/hi/entertainment/4721254.stm

According to Rodrigues, Jagger still has possession of a "hidden gem", a song called Scarlet that he recorded in Rio in 1976.

"According to those who took part in the recording, the track has a percussive beat that shows a strong Brazilian influence," said the writer.  "Unfortunately, Jagger took the master tape with him, for it never to be seen again."

 

・・・何?ブラジルらしいパーカッシヴなビート?これで思い出すのが、BBCバージョンの冒頭、ドラムが入ってすぐのところで入ってくるミックのスキャット、どう、ちょっとサンバっぽくないか??今年のオーバーダビングではミックはマラカスを加えている。「マラカスがないと始まんないねぇ(笑)」みたいな会話をBBCのZoeともしているし。

 

ここでありえないほどワイルドな仮説を披露すると、ミックがリオデジャネイロで録音したのはおそらく同じ"Scarlet"ではないか。ミックは2020年版の(A)の部分にご執心でそこを強調したバージョンを録音したかったのではないか?しかし、その録音はボツになり、今年"Scarlet"を編集して完成させるとき、そのブラジル録音を思い出して、まず、冒頭部分を延長させ、そこにマラカスとサンバっぽいスキャットを加えさらにリズムを強化、そして自分のヴォーカルを乗せた・・・。キースはどちらかと言うとこの曲はカントリーと言うかフォーキーなディランの"Blonde on Blonde"に入っていてもおかしくないものをレゲエ的なレイドバック・フィーリングで仕上げたかったが、ミックはサンバぽいものにしたかった・・・というのはちょっとワイルド過ぎるだろうか・・・??

 

しかし、依然として、(B) と(C)部分のミックのリードヴォーカルがいつ録音されたのはわからないままだ。旅は「マダマダツッヅク」のか・・・?

 

一応、完

 

さてその後・・・

その後、わかったことを書いていこう。

 

まず、僕が一旦結論を書いた後、何があったか。

8月14日 The War On Drugs remix リリース

8月28日 The Killers & Jacques Lu Cont remix リリース

9月1日 ブラジルの"Pop Fantasma"で76年1月録音のScarletとリリース版は同じ曲と証言

同日 NMEにミックが3曲の未発表曲のリリースには乗り気ではなかったと語る

9月4日 Goats Head Soup 2020 リリース

 

発売前にこれほどRemixが出てしまうケースも稀だが、8月14日にリリースされた"The War on Drugs remix"はビートが倍となり、ベースが差し替えられていて、まったく別の曲のような仕上がりになっている。リリースの前の日にはリミックスの首謀者であるThe War on DrugsのAdam GranducielとのApple Music Radioでのトーク・セッションが発表されている。

https://surgezirc.co.uk/2020/08/27/mick-jagger-and-adam-granduciel-discuss-their-collaboration-on-scarlet/?cn-reloaded=1

 

ここでApple Music RadioのMatt Wilkinsonが「すごいよね。どれが今のミックの声でどれが当時のなのかわからないや!」というとミックは「当時のをよく聴いてコピーするんだよ・・・」みたいな発言をしているのがとても興味深い。ミックはすでに「今歌い直すのはちょっとアレだからシャウトとマラカスを付け足したんだ、。アウトロがあまりにも何もなかったんでね」と言うことを言っており、これが本当だとすると、アウトロのシャウトはほぼ確実に2020年ミックで間違いないだろう。次に「どれがいまのでどれが当時のかわからない・・・」と言う部分、やはり少なくともサビ、僕の区分では(C)に当たる箇所はいよいよ当時のミックの可能性が高い。残るはコーラスの♪Scarlet~の部分だ。これはどっちのミックなのか?それとイントロのシャウト部分は今なのか当時なのか。

 

これに関しては8月28日にリリースされたThe killers & Jacques Lu Cont版にヒントがあるのではないか・このKillers・・・版はリリース版のイントロ部分、つまり(A)がばっさり切られている。そして曲の長さも短くなり、3分11秒と、なんとScotch Tapeの箱の表記3分5秒に近いではないか。僕は案外このKillersバージョンこそ、もっともオリジナルの雰囲気にちかいのではないかと想像する。

ブラジル・ミュージシャンの証言

そしてついに9月1日、ブラジルのミュージシャンが重大な証言をしたのが報道される。1976年のリオデジャネイロのセッションで録音されたのは今年リリースされたのと同じ曲だ、というのである!やはり!

https://stonesdata.wordpress.com/2020/09/01/confirmed-jagger-re-recorded-scarlet-in-brazil-in-1976/?fbclid=IwAR2HbltLs7ih3T3QQJicgjhVFxJOuj2KJ_9M-EsiH5Buhom5fC7VVPsSekQ

 

これに先立って、いてもたってもいられなくなった僕はブラジルの"Stones Planet brasil"というFacebookページに、このふたつの曲は同じかどうかを聞いてみた。答えは「テープを持ち去られたのでわからない」というものだったが、おそらくそれは"Os Rolling Stones No Brasil"からの引用だったかもしれない。

 

9月1日の同じブラジルのサイトPop Fantasmaでは、セッションに参加したミュージシャンのコメントが引用されている。

The Wickでの参加者Ric GrechもBruce Rawlandもすでに死んでしまっているので証言は期待できないが(また当時ですら彼らの証言は残っていない)、ブラジルのミュージシャンは生きているので彼らに聞けばいいじゃないかと思っていたから、この記事には我が意を得たりだった。コメントを寄せているのはDadi Carvalho(ベース)、Antonio Adolfo(ピアノ)そしてあまりストーンズには興味がなくむしろちょっと小馬鹿にしていたようなニュアンスのPaulo Braga(ドラム)だ。Pauloは同じだったかはっきり覚えていないと言っているがほかの2名は同じだったと証言している。Antonioはセッションでかなりピアノがフィーチャーされたらしくリリース版を聴いた時、なぜピアノが入っていないのかとても不思議に感じたらしい。これはこの曲にまつわる伝説になじみのファンなら同じだと思うが入ってるどころか重要な一人として噂されてたスチュが入っていないのである。僕はもしかしたらThe War on Drugs remixの倍テンポ感は実はこのブラジル版に近いのかもしれないと思っている。ブラジルセッションのテープが公開されればそこははっきりするのだが・・・。

歌詞の秘密

歌詞に関して、気が付いたことがある。

 

Scarlet why you wearing my heart on your sleeve
Where it ain't supposed to be
Scarlet why you keep tearing my heart to all pieces
It ain't the way it's supposed to be
Scarlet why are you keeping my heart to yourself
It ain't the way it's supposed to be

 

このコーラスの部分だがとくに一番最初の"Scarlet why you wearing my heart on your sleeve / Where it ain't supposed to be
Scarlet why you keep tearing my heart to all pieces"、普通"wearing my heart"と来たら"on MY sleeve"と受け、意味としては「心の内を明かす」となるのだが、なぜ"on YOUR sleeve"なのかとずっと不思議に思っていた。Googleで調べてもわからない。過去にそういう歌詞の曲があったのかもわからない。しかし、急に閃いた。この歌詞の後に"Where it ain't supposed to be"(「本来あるべき場所じゃない」)と歌われることで、自分の心をScarletが明かしてしまうみたいなニュアンスを出しているのではないか。これはその次の次、"Scarlet why are you keeping my heart to yourself / It ain't the way it's supposed to be"も同じで普通は"keeping my heart to myself"となるところだろう。それが"to YOURself"となっていて"It ain't the way it's supposed to be"(「そういうのって違うんじゃない?」)と歌っているのだ。真ん中のはおそらく"wearing"と"tearing"で韻を踏んだだけと思えるが「それって違うんじゃない?」は見事にハマッている。つまり、慣用句をもじって使い、「それはないよね」と返すことで自分とScarletとの普通じゃない、ハートブレイキングな関係を表したかったんじゃないだろうか?こういう歌詞ってやっぱミックが書いたのではないかと思うのだ。そういえばJust For The Recordでキースが「あれはミックが書いたんだ」と言ってるのと符合する。しかし、である。そう、だとしたらなぜ、もともとキースのリード・ヴォーカルで制作されたと言われたのだろう??さらに謎が深まるばかりだ。

 

英語のニュアンスについては、やはりネイティヴ・スピーカーに聞くのが一番だ。それに最適な人物としてニューヨークのBill German氏にメッセンジャーを送った。Bill German氏はコアなストーンズ・マニアにはかつて"Beggar's Banquet"というミニコミを出版していただけでなく、Ron Woodの"WORKS"を共同で制作していることでも知られているだろう。さらに、自らのストーンズ体験を綴った"Under Their Thumb"というハードカバーの本も出しているという筋金入りの人物だ。偶然にも僕はその"Beggar's Banquet"の日本で初の定期購読者として彼と連絡を取るようになり、1990年に彼がストーンズを追って来日した時に会うことが出来、その模様を当時のStone Peopleに寄稿した。今世紀に入って、ニューヨークに仕事で行った際に、何十年ぶりかの再開も果たした。もちろん、facebookではフレンドだ(笑)。

 

そんな彼ならなにか手がかりになるアドバイスをくれるのではないかと思い、上に書いた質問をぶつけてみた。彼の回答はいたってシンプルで、"Yes, it certainly seems more like something Mick would come up with, not Keith (or, Jimmy Page!).「それは多分にミックが考え付きそうなことだね。キースもしくはジミー・ペイジではなくてね」

 

やはり手の込んだ歌詞だけに「いかにもミック」という答えだったのだろう。僕の推測はある程度裏付けられたが、同時に、それ以上、歌詞を手がかりとして突っ込めるものはなさそうだという結論に達した。

一応の調査の終わり

ネットの投稿を見ていると、この曲の未完成感ゆえにさして興味も沸かない、というのもちらほら見かけた。また、ドラムがチャーリーではない、ということから真剣に聴く気をそがれたファンもいたようだ。リリース版を手にして、DISC2を掛けると、あのギターのカッティングがなぜか懐かしさを伴って聞こえてくる。そしてBruce Rowlandのドタバタ感のあるドラムが特徴的に響く。そのあとに続く"All the Rage"のドラムのフィット感と比べるとこの曲が浮いてしまっているのが実感できる。それでも45年間、ずっとストーンズ・マニアの心に引っかかっていた幻と言えるこの曲が、こうやって日の目を見たこの夏のひと騒ぎ、この辺で一旦調査を打ち切ろう。